SCENERY

その壁がなくなれば、世界がもっと広がります

ソフィテル・ダラット

宮殿という名に相応しい『ソフィテル・ダラット・パレス』。
メインロビーでは、たくさんのカサブランカとその香りが
溢れんばかり。

ソフィテルダラット03

到着後すぐに、ホテル支の配人による歓迎のスピーチと
ウェルカムドリンクでお出迎えをしていただきました。


ソフィテルダラット04

冬になると、暖炉には赤々と燃える暖かな火が点されます。
マントルピースも雰囲気があって、とても素敵。
こんな暖炉の前でボンヤリを過ごせたら幸せだろうなぁ‥。


ホテルにはエレベーターがなくスタッフだけでなくゲストも
全員、階段を利用。

ソフィテルダラット05

真ん中が吹き抜けになっていて、格調高いお屋敷そのもの。
昔ながらの木製の扉を開けると、お姫様の世界が広がります。

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二年越し

最初に話をしたのが去年の夏の終わり。
相手から「二年越しの‥」というメモを貰って
「ホント、二年越し」と思わず独り言。

ここまで来るのに随分長い時間がかかってしまいました。

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再び、ダラットへ

早朝、ダラットへ。
前回はプロペラ機だったけど、今回は、ジェット。
機材が大きくなっていたにも関わらず満席。

ダラットは、ハノイ便とホーチミン・シティ便2本の1日6便。
ダラットの空港では、旅客は飛行機から空港ターミナルまで
徒歩で移動します。
観光客は誰も嬉しいみたいで、はしゃいで写真撮影。

ダラットの空港01


歩きながら誰かがふともらした言葉。
「空港って歩いてもいいんですね〜。感動。」
そう、我々のような都会っ子は、飛行機は、ブリッジで搭乗するか
バスで移動するのが当然と思っているのですが、ここダラットでは
キャプテンでさえ、徒歩移動。
(キャプテンが走っていくところを目撃しちゃった)
これって、ちょっとした感動ものです。

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スペシャル・エージェント

今回のツアーでお世話になったのは、旧知の香港本社の
エージェントさん。
担当してくれた女性は、昔からバリバリのキャリアウーマン系
だったけど、10年の間にすごく偉くなっていて、さすが。
訪問先が特殊なだけに、知識が豊富で力のある人にお願いを
したいと思っていただけに、ものすごく力強い。
ボスの性格も熟知しているしね。

そんな彼女もダラットについてはあまり詳しくないとのこと
だったのだけど、そもそもダラットのグループ手配で、よくぞ
ここまでやっていただきましたと感謝の念に堪えません。

手配の途中で若干の不安を覚えたのか「ガイドの他にもう一人、
うちの社員ですけど日本人の男性を張り付けます」と言って
くれました。
「ボスのツアーなので、万全を期したいので」とも。


ノイバイ空港で飛行機が遅れると解ったあと、ボスと夕食の相談。
到着が大幅に遅れるけど、レストランで夕食をするかどうか。
ボスはもちろん「夕食する」派。1日に1度はちゃんとテーブルと
イスで食事をしなくちゃならん、のだとか。
おもむろに携帯電話を取り出して、エージェントのYさんに
「3時間遅れるけど、レストラン開けて待ってて。」

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いきなり、ハプニング

無事、帰ってまいりました。
楽しい思い出とともに。

今回の旅は、ダラット(ジリン)にある烏龍茶の茶園訪問がメイン
ではあるものの、ホーチミン市国家大学の訪問もサプライズ・イベント
として追加されることになりました。
が、大学訪問には「申請のための書類を提出するように」という
連絡があった後、書類提出をしたにも関わらず正式な時間や場所の
連絡が待てども待てども全く来ず。
エージェントからは「出発までに正式な連絡が来ますかねぇ。
sayさんたちもいるし、後は現地対応で行きますか。」なんて。

日本じゃぁ、まずありえない。
こういうのって、やっぱり社会主義国なんですよね〜。(苦笑)

出発当日、若干の不安を抱えてベトナム航空のカウンターで
チェック・イン。
しかし、ここでいきなりの一悶着。
最近の傾向として、グループでまとめてのチェック・インではなく
個人チェック・インが増えています。
ボスがトップにチェック・イン手続きをしたのだけど、なぜか
荷物のクレイムタグは「ハノイ/ホーチミン市経由ダラット」行き。
お〜い、違うよ〜。(^^;
今夜はホーチミン市内泊なのである。
荷物だけダラットまで行っちゃったら困る!

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ベルリン、ユーゴ、そしてベトナム(2)

社会主義国はベルリンだけで十分だったはず、なのに
なぜかユーゴスラビアにも行ってみようという話になった。
まあ、これにはいろいろ事情がありまして。
個人的にはあまり乗り気ではなかったのだけど。

現在は、スロベニアのセザナ(Sezana:セジャーナ)という
町は、今では地図にない国、ユーゴスラビアにあった。
多分、クロアチアにあるリエカ(Rijeka)という町に行こうと
したと思うのだけど、どうにも詳細が思い出せない。
ただ、内戦・独立の色が漂い始めている頃で、独特の空気が
あったような印象が残っている。

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ベルリン、ユーゴ、そしてベトナム(1)

1989年11月にベルリンの壁が崩落してから約半年後の1990年6月、
私にとって、初めて且つ無謀な(?)「社会主義国への上陸」
という行動をとっていた。

社会主義国の仕組みについては、授業で学んだ程度以上の
知識も持たず、「まあ行けばなんとかなるでしょう」的な勢いで。

ベルリンの壁が崩落して20年。
あの頃とは随分変わったのだろうなぁ〜、なんて。
ベトナム行きを前に、自分の中にある『社会主義の国』について
再確認と少しの懐かしさをこめて。

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11月は『北斗』

何となく特急列車を連想してしまいそうな名前の『北斗1号』は
中国福建省の武夷岩茶。
このお茶を11月のお茶にしました。

この北斗という岩茶は、大紅袍の研究をするために設立された
「北斗研究所」が2世代大紅袍の移植に成功させたお茶だと
いう話を聞きました。
「大紅袍2号」とせず「北斗」としたところに研究者達のプライドが
見え隠れしているような気がします。
これが3世代(孫木)になると、なぜか名前は「大紅袍」に戻る
みたい。北斗2号にはならなかったようです。
やっぱり『大紅袍』と名付けた方が断然売れるのでしょうね。

『北斗』といって真っ先に思い浮かぶのはJRの『スーパー北斗』。
JRには、甥とのちょっとした思い出があるのです。

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ロ・ヴーの風景いろいろ中国茶や日々の出来事を綴っています

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