SCENERY

その壁がなくなれば、世界がもっと広がります 

2015.10.13[火] 福井へ

「昔は日本の表玄関でした」

そんな言葉を聞いて、ふと、北陸に行ってみようかな?と思いたち
福井へと出かけてきました。

遣唐使の時代は、まさに太平洋に船をこぎ出したのではなく、
反対の日本海側から唐の都へと命がけで小さな船で旅立っていった
のでしょう。

福井の中央公園には『THE BOOK OF TEA(茶の本)』で有名な
岡倉天心の銅像があると言います。
ひと目見ておきたいと思ったのですが、あいにく公園内が
改修工事のため、次回への宿題となりました。(残念!)


永平寺


茶友の現地ガイドさんに連れて行ってもらったのが、まずは永平寺。
こんな山奥にありながらも、その大きさには圧倒されます。


永平寺



永平寺


永平寺と言えば、道元禅師。
道元もまた、南宋(中国)に渡り、後に曹洞宗の開祖となった人。
当時、日本から宋へ渡った人々は、どんな思いで海を渡り、どんな
気持ちを抱きながら日本に帰ってきたのでしょう。




一乗谷朝倉氏遺跡


そして、日本の「ポンペイ」と現地の人たちが呼んでいる
『一乗谷朝倉氏庭園』


一乗谷朝倉氏遺跡


1467年の応仁の乱での活躍以降、越前の中心として栄え、北陸の
小京都とも呼ばれたそうです。
その後、織田信長の焼討ちにあい、すべてが灰燼に帰した、と
いうとでした。
この城下町一帯すべてが、土の中に埋もれており、発掘調査は
昭和42年から現在にまで至り、まだまだ継続中とのこと。
遺跡は特別史跡に指定されており、出土品の2343点が重要文化財の
三重指定(特別史跡、特別名勝、重要文化財)なのだそうです。

それで「日本のポンペイ」なんですねぇ。


色とりどりの歴史の糸が複雑に絡み合い、現在へと受け継がれてきた
1枚の布が、今なお大切に守られている、そんな気持ちになった北陸への旅。
過去という名前のその生地を丁寧に見ていくと、思わぬ発見や気づきとの
出会いがあります。


  春は花 夏ほととぎす 秋は月 冬雪さえて すずしかりけり
                                     <道元>

あるがままの真実の姿を見つめなさい。
道元禅師はそう言いたかったのでしょうか?
寒露も過ぎた月のない秋の夜に、お茶を飲みながら考えたこと。

飲んでいたお茶は、講座用の茶葉をちょっとだけお裾分け
してもらった蒙頂甘露
発想がちょっとイージーですかね。(笑)

By サ
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