SCENERY

その壁がなくなれば、世界がもっと広がります 

--.--.--[--] スポンサーサイト

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。
    --:--  Top

2013.08.30[金] 揚輝荘と不等辺三角形(3)

揚輝荘

聴松閣の1階から地下へ降りていくと、最初に目に付く地下トンネル。
戦時中は防空壕の役目を果たし、多くの人の命を救ったとも言われています。
ここから先は立入禁止。聴松閣のある南園と伴華楼のある北園を結ぶ通路
だと思うのですが、階段を下りることは許されず。残念無念。


揚輝荘

視線を移すと長年「ある」という話だけで見ることが許されなかった、アジア
からの留学生が描いた壁画が一面に広がります。
少し傷みがあるみたいだけど、これもいずれ修復するのかな。


揚輝荘

ライトでさえも芸術的。



揚輝荘

その奧には旧舞踏場と言われるホール。
小さな半円状の舞台と舞台用の照明もあります。
当時の緞帳はビロード式のインド模様だったそうですが、さすがに傷んでしまって
いるため、当時の白黒写真を元に研究者とメーカーとの協力で現在のような緞帳と
なったそうです。



揚輝荘

ヒマラヤのエッチングガラスが填め込まれた壁面。
インドを旅行した時の思い出の風景だとか。
ライトの映り込みがなければ、きれいなエッチングガラスをご覧頂けるのですが…。



揚輝荘

再び1階に戻り、これは昭和14年頃の揚輝荘のジオラマ。
近くてジオラマを見ていたオールドボーイが、はしゃいだ声で奥様と思われる
女性に説明をしていました。
「ここ、ここ。ここら辺で子どもの頃、よく遊んだんだよ。懐かしいなぁ。」

思わず心の中で
「オジサマ『こっそり忍び込んで』という修飾語が抜けています」と。(笑)
近所のオジサマに「子どもの頃によく揚輝荘に忍び込んで遊んだんだよ。そこを
次郎左衛門さんに見つかって怒られたもんだ」という話を聞いたことがあるのです。
だから「あらま、ここにも昔のワルガキが…」と。(笑)

揚輝荘はオールドボーイたちにとって、特別な場所だったのかもしれません。
関連記事
Comment
2013.08.30 Fri 13:23  AzTak #xZCYq0Xc
内田康夫は内部をじっくり見せてもらったようですね。描写の仕方が半端じゃなく、『すごい』の一言につきます。
エッチングのガラスや留学生の絵があったり、今では金で買えないものに昇華していますね。う~~ん、すごい。
  [URL] [Edit]
2013.08.31 Sat 00:24  サンタ #54eKsoAw
>AzTakさん
はい、かなり詳細に取材をしていらっしゃると思います。読んでいるうちに
自分がそこに立っているような気分になり、ワクワクしてしまいました。
もう一つ個人的に解決したい問題があるのですが、今はまだ宿題
ということにしておきます。(^^
Re: タイトルなし  [URL] [Edit]







(編集・削除用)


管理者にだけ表示を許可
Trackback
http://lovu08scenery.blog98.fc2.com/tb.php/714-438acfa1
プロフィール

ロ・ヴー

Author:ロ・ヴー
<ロ・ヴーの風景>
中国茶や日々の出来事、旅の思い出などを綴っています

カレンダー
06 | 2017/07 | 08
- - - - - - 1
2 3 4 5 6 7 8
9 10 11 12 13 14 15
16 17 18 19 20 21 22
23 24 25 26 27 28 29
30 31 - - - - -
メールフォーム

名前:
メール:
件名:
本文:

ブログ内検索
リンクバナー
那覇の旅行情報
<那覇の旅行情報>
ブロとも申請フォーム
月別アーカイブ
Pagetop
    上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。