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その壁がなくなれば、世界がもっと広がります 

2011.06.03[金] 彦根城と赤備え

梅雨入りしたばかりの晴れ間をぬって、急ぎ足で琵琶湖畔へ行って来た。

事のはじまりは、鮎の熟れ寿司を使った『白練りショコラ』
これをプロデュースしたのが、偶然にもジイヤ様の知人だったという
ことは驚きだったが、とある方にこの話をしたら、友人が琵琶湖で
鮎の養殖をしているので、来年、鮎の季節になったらぜひ食べに
行きましょうと、去年の夏からの一年越しの約束だったのだ。

せっかく琵琶湖に行くのだから、ぜひ彦根城を見に行きたいと言い続け、
私の熱意というかしつこさに負けたとでも言うか、とりあえず皆さんの
同意のもと、当初は男性3、女性1の4人編成だった予定が、前日の夜、
急用ができた1名が不参加となり平均年齢若干高めのドリカム編成で
出かけることになった。

彦根城は、関ヶ原の合戦の功により徳川家康より封ぜられたとされる
井伊家の居城である。
関ヶ原の合戦、徳川家康といずれも名古屋とは縁が深いと言うか
この時代の背景には、何かしら、織田、豊臣、徳川が絡んでくることも
少なくない。

井伊家というと、真っ先に安政の大獄で大老井伊直弼の名前が思い
浮かぶのは、私だけではないだろう。
歴史の中では、どちらかというと悪役的な役回りが多いようにも
思われる井伊直弼ではあるが、とかく時代が時代だっただけに
一概に誰がどうのということは言えないのではなかろうかと思ったり
するのである。

それに比べて、今の世の中はどうなのだと嘆くのはやめておくとして、
世の中が大きく変わろうとしていた当時、坂本龍馬のような人たちも
あれば、別の考えを持つ派もあるということなのだ。

陽の光の当たる部分があれば闇の部分もある。
光の力が強ければ強いほど、暗い部分の影も濃くなるのは当然のこと。
誰もが自分の正義に従い振る舞っている。

そんなことを考えながら、赤備えの甲冑を目指し、歴史博物館へ。

井伊家の赤備え


赤色は戦場で目立つため、赤備えは、特に武勇に秀でた武将が率いた
精鋭部隊であることが多かったそうだ。
小牧・長久手の戦いの際には「井伊の赤鬼」と恐れられたという。

その他にも、雅楽に関するものやお茶に関するものなど、文雅な
お宝が整然と並んでいる。



彦根城の能舞台

能舞台もあり、今でも月に1回程度何かしらの舞台を鑑賞することが
できるという。


水先案内人のNさんは、彦根城をさっと見てその後食事の場所へと
向かう予定だったようで、博物館だけで予定時間が来てしまったことに
若干焦っていた様子だった。途中あきらめがついたののか、早ランチの
予定を遅ランチへと予約時間を変更(ゴメンね)してくれたので、
その後ものんびりと天守閣へと向かう。



国の重要文化財に指定されている『廊下橋と天秤櫓』。

廊下橋と天秤櫓



「日本の音風景百選」に選ばれていると言う『時報鐘』。
今でも鐘がつかれており、ちょうど正午の鐘に遭遇することができた。

時報鐘



彦根城の天守閣は、姫路城、松本城、犬山城と並び国宝に指定されて
おり、曲線の美しい梁は、建築に詳しくない人でも十分に理解できる
美しさだった。

彦根城内を満喫したあとは、赤備え以上に楽しみにしていた玄宮園へ。

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