SCENERY

その壁がなくなれば、世界がもっと広がります 

2008.06.19[木] 闘茶、という映画(4)

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上の画像は、王(ワン イェミン)監督のサイン。

「間もなく監督がおりて来ますので」という説明の後、少ししてカジュアルな服装の監督らしき男性が現れた。
簡単なご挨拶だけかな?と思っていたら、我々とお話する時間を作ってくれると言う。
「会うだけ」というのと「お話をすることができる」と言うのでは、こちらの心構えが全く違う。
「お話をする」というのと「取材をする」というのも、やっぱり何となく違う気がする。

持ち時間は15~20分。

席に着くや否や、すぐにボスがいろいろ監督に話を聞きはじめた。
京都の話に始まって、お抹茶の話や台湾のお茶のこと、台湾の茶産地のことや台湾紅茶についてなど、よどみなく会話がすすみ話は盛り上がる。
こういう時、ボスってすごいなぁ…などと感心してしまうのだ。

私はというと、専ら聞き役に徹していたのだが、絶対に聞いておこうと思っていた質問があった。
話がちょっととぎれた時に、思い切って聞いてみた。
「お茶にまつわる出来事はいろいろありますが、数ある歴史の出来事中でこの『闘茶』を題材に選んだのはなぜですか?なぜ『闘茶』なのでしょう?」

一瞬、監督の表情がパッと変わったような気がしたのは私だけかもしれないが、『闘茶』に対する熱い思いを熱くあつく語ってくれた。

全文を掲載するのはあまりにも長くなってしまうので、ここでは手短に紹介します。
「『闘茶』は、もともと宋代の中国に始まりました。そのやり方は、茶碗に入れた葉茶(茶抹)にお湯を注ぎ、茶筅を使って泡立てるという方法です。そして、その泡がどれくらい長く残っているかや泡の美しさなどを競いあいました。茶筅を使って泡立てるというお茶の入れ方は、現在では中国や台湾には残っていません。もちろん、ヨーロッパやアメリカにもありません。唯一残っているのが日本の茶の湯、茶道の世界だけです。このことは、中国の歴史上のお茶が確かに日本に伝えられ、そして日本独自の文化となって現在に伝えられているということを表しています。お茶は長い歴史を経て、中国(台湾)と日本の文化の融合というものを育んできました。そして今、私はこの『闘茶』という映画が台湾の文化と日本の文化、つまり二つの国の文化の架け橋となることを望んでいます」

『台湾と日本の文化の架け橋』なんだ、などと考えているうちに「そろそろお時間です」という無情の声。
次の人が待っているのね。

最後に監督と記念撮影。
カメラマンは私なので、監督とボスのツーショット。
笑顔の監督とお別れしてから、ボスとの会話の第一声。
「王監督って、サンフランシスコ・ジャイアンツのファンなのかな。」とはボスのセリフ。
ボス、私も同じ事思ってました。
それも監督に聞いてみればよかったですね。

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Comment
お茶って本当に奥が深いですね。

歴史をも動かしているような出来事に関わりがあったり、学んでいくと驚きの連続です。
ボスさんもお茶の話にはアツい方ですね。
盛り上がりが目に浮かびます(^_^)
  [URL] [Edit]
2008.06.21 Sat 22:33  say #54eKsoAw
お茶は奥にも深いですが、間口も広いので、誰でも「とりあえずやってみよう!」と気軽に始められます。

もともと薬用からはじまっているようなので、どうしてそれが今みたいな嗜好品の形に変化していったのか、とか調べていくと面白いですよね。
食文化などと合わせて調べていくと、もっと面白くなりそうですよ。
ぜひ!
間口も広いです  [URL] [Edit]







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