SCENERY

その壁がなくなれば、世界がもっと広がります 

2008.03.31[月] お引っ越し

土曜日からお引っ越し作業をしています。
と言っても、別に自宅やお店の引っ越しではありません。
年代物のメインPCを、いよいよ新しい機械にすることにしました。

どれくらい年代物か?と言うと、OSがWin98で9年前、会社を設立した時に購入した物なのです。
途中1回、ハードをバージョンアップさせたのですが、よくぞ今まで現役で働いてくれているという感じです。
ソフトがバージョンアップする度に、どんどん重くなってきて、さすがに最近やたらとフリーズ(画面が固まっちゃう事)してしまうので、旅立たれる前にバックアップ兼用でもう1台。

ところで、最近便利なツールがあるのですね。
その名もズバリ「引っ越しおまかせパック」。
まるでどこかの引っ越し会社のキャッチコピーみたい。

感動的なのは、「環境の引越」と「ファイルのコピー」ができること。
具体的に言うと、IEの『お気に入り』に登録してあるウェブサイトをそのまま、まるっとコピーしてくれるのです。
データのフォルダもそのままスイスイ移動してくれるし。
もう昔のようにフロッピーやCDにコピーしたり、いちいちメールでアドレスを送って…などという手間がいっさい必要ありません。
ラクチン、ラクチン。

お茶を飲みながら「助かりますわぁ。」などと言っている間におおよその作業は終了。
さすがにプログラムソフトは、それぞれインストールしないとダメみたいなので、月曜日の午前中にでも一気に片づけて、火曜日の朝はご近所さんへお花見に。

店から徒歩2分くらいのところにある、揚輝荘と日泰寺。
どちらもサクラが咲いているはず。
たまには外の景色を見ておかないと、文明社会の進歩に遅れをとってしまいますね。

2008.03.28[金] 森川如春庵の世界

名古屋市博物館開館30周年記念特別展「茶人のまなざし 森川春庵の世界」
に行ってきた。
森川勘一郎(如春庵)は明治20年生まれの尾張一宮の大地主、森川家の
当主であった(昭和55年没)。
彼は、16歳にして本阿弥光悦作の茶碗「時雨」にあこがれ、それを所持したという。

如春庵は、三井物産の初代社長で日本経済新聞の創立に活躍した益田孝(鈍翁)
に非常にかわいがられており、鈍翁が如春庵に送ったという品々も数多く
展示されていた。

鈍翁、如春庵ともに「佐竹本三十六歌仙絵巻」の切断に立ち会い、如春庵は
巻頭の「柿本人麻呂」を引き当てた強運の持ち主として知られている。
また、現在は切断されて、それぞれ国宝や重要文化財に指定されている
「紫式部日記絵詞」の発見者としても有名だそうだ。

2008.03.26[水] タブの実

「この実は何の実ですか?」「食べれますか?」
あまりにも質問が多いので、ちょっとだけ「タブの実(花やさんで買ったときこの珍しい枝ものは『タブ』だと教えてもらいました)」の観察をしてみました。
写真は、枝からはずした実とカットした断面。

tab01  tab02


さすがにお花屋さんが「イチジクの親戚」と言っていただけあって、カット面を見ると実の中身はモソモソとした小さな種でいっぱいでした。
匂いはちょっと青臭い感じで、草っぽい香り。
果物のような甘い香りはありません。
あまりにもサイズが小さいので(直径20~25mmくらい)、皮を剥くことは不可能と判断。
カットした半分の実を背の方から指で返して、中の種を押し出すようにしてみました。

2008.03.24[月] ヘッダーの写真は

ヘッダー部分の写真ですが、どこか解りますか?
人目見て「ピ~ン」と来た人は、かなりの上海通です。

実はこれ、上海の「新天地」の景色なのです。
まるでヨーロッパにあるどこかの街並みみたいだと勘違いしてしまいそうですよね。
実際に「どうしてヨーロッパなの?」と聞かれましたから。

最初にブログのページ設定をするとき、ベースの色とピッタリだったので、「もうこの写真しかない!」と悪銭苦闘してようやくここまでたどり着きました。

私の場合、どうも誤解があって困ってしまうのですが、PCに関しては人並みレベル。
タイトル文字を移動させるだけでもよく解らなくて、さんざん人様のお世話になっています。
なので、ヨーロッパ風ではありますが、当分は上海新天地のまま変更の予定はなし。

喉元すぎて熱さを忘れたら、いきなり画像を変えてしまうかもしれませんが、まずないでしょう。
きっと。

2008.03.23[日] 春分も過ぎると

最近ちょっと面白いな、と思ったことがあった。
男性の場合、自分の奥さまの事を話す時、「妻が」、「嫁が」、「家内が」と呼び方がいろいろあるのに対して、女性が自分の旦那さまの事を話す時は「主人が」というのがほとんど。

漢字から受けるイメージで言えば、『主人=主たる人』で、家で言えばやっぱり一番偉い人ということになるのでしょうね。
で、『嫁=女が家を出るので、働く妻?』、『家内=家の中に居る妻、つまり専業主婦?』
じゃあ妻は?
「うちの主人が」と言うことはあっても、「うちの主婦が」と言うことは間違ってもないでしょうね。多分。

漢字と言えば、中国茶にとっても、非常に重要な漢字がある。
「明前(みんぜん)」という二文字だ。

2008.03.21[金] 衝動買いの101曲

中学の音楽鑑賞の授業で、粋なことをした女性教諭がいた。
「ここに、曲が同じで、指揮者が異なるレコードが3枚あります。最初の部分を全員に聞いてもらって、みんなが一番好きだと思う指揮者の曲をフルコーラスで聴いてもらおうと思います。」

その曲は、ベートーヴェンの交響曲第5番ハ短調作品67、俗に言う「運命」だ。
3人の指揮者のうち、残念ながら一人の名前は忘れてしまった。残りの二人は、カール・ベーム、そしてもう一人は、ヘルベルト・フォン・カラヤン。

演奏者や楽器や違えば、曲そのものも当然別物となる。しかし、指揮者はタクトを振るだけ。
中学生の頭で考える程度のことと言えば「誰がタクトを振っても大した差はないだろう。」というものだった。
ところが、指揮者の違いが、同じ曲を全くの別物に変えてしまうのだ。
多分、教室にいた生徒の大部分が強い衝撃を受けたと思う。
例えば、カール・ベームの場合、最初は『ジャジャジャジャーン』と言う感じで重厚な始まり。
もう一人は、『チャチャチャチャーン』。
そして、カラヤンは『タタタターン』という響き。
こういった嗜好のものは好みがあると思うので、どの曲が一番よいとは言い難いが、ベートーヴェンが「運命はこのように扉を叩く」と言ったというのであれば、私はカラヤンの指揮が一番好きだと思った。

2008.03.19[水] この頃

「3月4日(火)~9日(日)に開催が予定されていた第9回WAFA(World Association of Flower Arrangers)世界大会は、国内情勢の悪化に
伴いWAFAパキスタン運営委員会により中止が決定されました。」
もとより、ツアーに参加する気持ちがないので気にとめたことも
なかったが、会報誌によって大会の中止を知った。

この頃、世界が落ち着かない。

「Democracy is the best revenge.」と言っていた美貌のブット氏が、
昨年末、銃弾に倒れた。
ケニア、イラン、ネパール、台湾…、選挙はアメリカだけではない
ようだ。
チベット、アフガニスタン、イラク、コソボ…、それぞれの正義が交錯
している。
正義を行使するために様々な出来事が起こっている。
それでも、民間レベルの文化交流までもが中止されるのはとても
残念なこと。
4月に、四川省に旅行に出かけると言っていた若い夫婦は、無事に
出発できるのだろうか。

周りでは、「いつか行くアメリカ旅行のために、安いドルを買って
おこうか。」などと当面行く予定もない旅行のために、円高にトキメキ、
両替を真剣に考えている人もいる。
日本の平和を感謝するとともに、そうでない国との温度差を感じず
にはいられない。

今日、セミナーを終えて一歩外に出ると、真っ青な空が広がっていた。
チベットの空も、アフリカの空も、日本の空も、空は遙か彼方まで
ずっとつながっているはずなのに、まるでモザイクのように細切れに
なっているようだ。

天気予報によると、明日は雨が降るよう。
せめて、春の雨が、人々の心にある怒りの炎を少しでも消して
くれれば、と思う。
いつだって、犠牲になるのは弱く罪もない人々なのだ。

2008.03.18[火] ついうっかり

「後悔先に立たず」とは良くいいますが、引き受けてしまった後で「しまった!」と思うこともしばしば。
もともと3月と言うのはお彼岸があるので、日泰寺周辺はとかく賑やかになりがち。
春分の日が、店の定休日とずれていれば問題はないのだけれど、たまたま木曜日だった場合(今年がそうなのですが)、確認するまでもなく『20日は営業!』とボスの一声。
ハイ、聞いた私が浅はかでした。

21日は振り替え休業日だというのに、お仕事アポも入れちゃったし、『ついうっかり』月末付近にセミナー(講座のこと)も3本続けて引き受けてしまったし…。ボスには「スケジュール管理がなっとらん!」とどやされるし。
なので、25~27日のお昼間は、金山界隈でお仕事しています。見かけたら声をかけて下さいね!
でも、なんだか最近『ついうっかり』が増えたような気がするなぁ…、年かなぁ、などと年齢の不安を感じる今日この頃。

せめてセミナーで使用するお茶くらい、ちょっと楽しいものにしましょ。
そんな訳で、ピックアップしたのは「徑山茶」と、後は内緒。

徑山茶は、栄西禅師が修行をしていた寺、徑山寺で作られたお茶。
1191年、日本に帰国の際、お茶の種を持ち帰ったことにより、日本にお茶が広まるきっかけとなったとされています。現在のお茶と製法は違うものの、徑山茶の種を持ち帰ってきたのかもしれないというお茶。
その後、明恵上人が栄西禅師から茶の種を譲り受けて、京都栂尾高山寺に植えたことから「栂尾茶」が始まり…と、なんとなくドラマを感じさせてくれるお茶なのであります。

宗教、権力、富、文化…、お茶は長い歴史の中で、様々なものと深い関わりを持ちながら、現在に受け継がれています。
お茶とは全然関係ないと思って読んでいる本の中にも、なぜかお茶の場面が出てきたり。
ほんの一瞬物語に没頭してしまうと、うっかり電車を乗り過ごしてしまいそう。
忙しい時こそ「うっかり」には気をつけねば。
プロフィール

ロ・ヴー

Author:ロ・ヴー
<ロ・ヴーの風景>
中国茶や日々の出来事、旅の思い出などを綴っています

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