SCENERY

その壁がなくなれば、世界がもっと広がります 

2017.12.17[日] 喫茶の歴史

喫茶の歴史


お茶のことを勉強したことがある人なら、1度は耳にしたことがある
『神農伝説』。

「『神農本草経』によると神農はお腹が透けており、1日に72の
毒に当たるも茶で解毒した」

多くの書籍にはこう書いてある。

ところが、である

私がたまたまお茶について興味を持ち始めた頃、手にした1冊の本には
「1日に70の毒に当たり」とあった。

そう。72ではなく70の毒。
今となっては、どの本だったかが全く思い出せないのだけど
確かに「70の毒」とあった。
その後、読む本読む本の全てには「72の毒」とあった。

個人的な意見を言わせていただくと、神話の中の話であり、72と70は
まあ誤差の許容範囲なのだけど、理系脳的な考えの人と試験に出る
となると、答えは一つしか許せないらしい。
随分前「70の毒という説もあるよね?」と、ある場所で言ったら
そんな話は聞いたことないと否定された。

70か72か、その件については誰も何も言及しない(一般的には72毒)
ので、長年不思議に思っていたものの、あえて口にして議論することも
なかろうと、胸の中にしまってあったお茶に関する疑問の一つ。


『喫茶の歴史 茶薬同源をさぐる(岩間眞知子著)』は、岩間先生が
長い歳月をかけ丁寧に紐解いてきた、資料に基づく内容を
解りやすい言葉で著された1冊。

-『神農本草経』の原書は存在しないが、明代以降に復元
 されたものが数種ある。それらを端から見ていったが、
 茶の文字すら見当たらない -  『本文から引用』

読み始めてすぐに「もしかしたら」という期待で胸が躍った。
そして、その答えを見つけたときには、ページをめくる手が
震えるような気持ちになった。(少なくとも私にとっては)


『喫茶の歴史』は物語や旅行記や体験談のような面白さはない。
お茶を勉強し始めたばかりの人にとっては、ちょっと難しいとも思う。
先生のお考えの根底にある「茶は薬」の茶薬同源に関することにも
多くのページが割かれているので、医薬業に関わる人の方が
理解しやすい内容も多く含まれている。

でも、神農伝説だけでなく、お茶について「これって本当は
どうなんだろう?」と純粋に疑問を持ったとき、もしかしたら
その答えが得られる貴重な1冊になるかもしれない。

お茶に関わる人は、手元に1冊置かれることをお勧め。

もちろん、神農伝説の真実が知りたい人にも。


By サ
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2015.01.26[月] キレイなお姉さん

ロマンス・オブ・ティー


完全に空目です、ハイ。
「美しいお姉さん」ではなく「美味しいお茶を入れてくれるお姉さん」
でした。(笑)

キャッチの右三分の一、自分に都合の良い所だけを切り取って、しかも
誤字脱字の文字変換。
人間の目ってなんて自分に都合良く出来ているのでしょう!?
修正レベルは Photoshop なんかに負けていません。(笑)

そろそろバレンタインも近くなってきたので、ギフトの特集をチェックしていたところ、
少し古い女性誌に載っていた「○○に贈りたいギフト」の中の1ページ。

美しいお姉さんに贈りたい

  ではなくて

美味しいお茶を入れてくれるお姉さん。

まあ、私としてはどちらでも良いんですけどね。
どっちのセリフを言われても、ポイントは高い。(*^-^*)

この『ロマンス・オブ・ティー』は私も持っているんだけど、カバーの下の表紙も
なかなかステキなんです。
タイトルも女性ゴコロをくすぐられます。
でも恋愛小説じゃないんですよね~。(笑)

そして、こんなカップで飲むお茶は、オリエンタルビューティーとも呼ばれる
台湾の烏龍茶「東方美人」しかないっ!

そんな妄想を楽しみながら、やっぱり「美しいお姉さん」と言われた方がいいなぁ…
なんて。
お姉さんといわれる歳は疾うの昔に越えているんですけどね。(笑)

By サ

2014.11.04[火] 一杯の紅茶の世界史

一杯の紅茶の世界史

読書の秋、というからではないけれど。
文化の日だから、と言うわけでもないけど。

お久しぶりにお茶関連本の話題です。

『一杯の紅茶の世界史  磯淵猛著』
紅茶好きな方や、中国茶インストラクターや茶藝師などの資格を持っている
人たちは「とっくの昔に読んでいるよ」と言うかもしれません。

著者の磯淵先生は、周りの紅茶好きさんから絶大な支持をされてたという理由も
あって、あまのじゃくな私は、何となくスルーしてしまっていた一冊。

中国茶と比べてヨーロッパに伝わったお茶の歴史は浅いのだけど、
トワイニングやリプトン社の話、ティーバッグの誕生やアイスティー、レモン
ティーの誕生についてなど、紅茶ならではの話題が興味深く、楽しめました。

漠然と「多分知っている」ことが整理整頓できたようなスッキリとした気分です。
(気持ちだけだと思うけど)

「たまには紅茶でも」と思った時に軽く読める一冊。

中国茶インストラクター講座を2015年1月から開講する予定で、テキストの見直しを
これからするところなのだけど、紅茶のページをもう少し増やしてみようかしら?

なんてちょっとだけ思ったりして。


By.サ

2013.11.17[日] 思い出の一冊

レ・ミゼラブル


この2週間ほど、未だかつてないほどの忙しさで、気が付いたら2週間が
過ぎていたいたような感じ。

読書もブログもSNSも、すっかりご無沙汰していたのだけど、ようやくちょっと
読書でもしてみようかと思えるくらいに気持ちが落ち着いてきたみたい。


子供の頃に読んだ本で、ずっと心に残る一冊が誰にもきっとあるはず。
私の場合は、小学校の3年生か4年生の時に読んだ児童文学書の「ああ無情」。
所謂、『レ・ミゼラブル(Les Miserables) ヴィクトル・ユーゴー著』のことだけど
私が読んだ本では「ヴィクトル・ユゴー」だったので、ユーゴーと言われても
やっぱりユゴーと言った方がしっくりきます。

大人になってミュージカルや映画なんかも見て「この話ってフランス革命の
物語だっけ?」と、子供の頃に本で読んだ時のような感動がない。
私にとってこの物語は、フランス革命ではなく「ジャン・ヴァルジャンという
男性と彼の人生を変えたミリエル司教の物語」として強く記憶に残ったの
でした。

1本のパンを盗んだだけで19年間も監獄生活を強いられたというのも、
とても可哀想だと思ったのだけど、優しく迎えてくれた司教を裏切り、銀の
食器を盗み出すジャン・ヴァルジャン。
この下りを読んだ時、何という人でなしの嫌なやつなんだと怒りを覚えたの
でした。その後、憲兵に捕らえられたヴァルジャンに対して「これは盗まれた
ものではありません。私が彼にあげたのです。この銀の燭台もあげると言った
のにあなたはなぜ持って行かなかったのですか」という言葉をかけた箇所を
読んだ時は、涙が止まりませんでした。
何度も何度も繰り返し読んでいたはずなのに、成長するとともにすっかり
心の片隅に追いやられていたこと。

自分が大切にしている物を盗られてなお、これもどうぞ、と言うことが
果たしてできるのかどうか。
いつか司教様のような人になりたいと思ってはみるものの、今のところ
私には無理だ。


銀の燭台を差し出せないにしても、せめて、どうして相手が銀の食器を盗ま
なければならなかったのか、ということを聞くことができるような人に
なりたいと思う。

大人用の本はさすがに子供用とは異なり、厚みを見るだけで怖じ気づいて
しまうけど、落ち着いたらちゃんと読んでみようかな。

ミリエル司教が心の中から消えてしまわないように。

2013.08.31[土] 揚輝荘と不等辺三角形(4)

揚輝荘
2010年11月北園にて。熱田神宮の信長塀を模して作られた塀。


内田康男と聞いて、最初はどんな小説?と思ったのですが、フリーの
ルポライター浅見光彦が次々と難事件を解決するシリーズの推理小説だったん
ですね。中村俊介さんや野際陽子さんが出演しているテレビの2時間ドラマなど
にもなっている、有名な小説家だったのに作家の名前を知らなかったとは…。
お恥ずかしい限りです。(汗


話を振り出しに戻すと『不等辺三角形』は、揚輝荘をモデルにした「陽奇荘」
を取り巻く人々でストーリーが展開される推理小説です。
村上春樹さんの「色彩を持たない…」との一番大きな違いは、舞台となって
いる場所が限りなく本物に近い、ということ。
物語を読み進めるに従い、現実と物語の境界線が解らなくなってしまうほどに。

氏が揚輝荘を取材された時、南園はまだ閉鎖されており、物語は北園を中心に
進められます。もし、南園がすでに開園されていたら…。
話の中に出てくる陽奇荘は、揚輝荘を知っている人間にとってはその光景が
目の前に広がり、自分が登場人物の一人になったような気さえします。

ここだけの話、小説を読み終えた後、事件の謎を解く鍵となる場所が本当に
あるのか知りたくて、探しに行ったのです。(笑)

ところが
揚輝荘のオープンは09:30。オープン時間を待ってから入園してじっくり
見ていると仕事に支障が…。
散歩程度なら大丈夫でも、事件を解決(小説では解決されていますが)する
場所を見つけるとなると、時間が足りない。(笑)

とりあえず関係のありそうな場所をパシャパシャと何枚か。
もちろん事件を解く鍵の確信には迫れず。(^^;


揚輝荘

豊彦稲荷。


揚輝荘

白雲橋の方面から見た煎茶席、三賞亭。



揚輝荘

そして事件の鍵を握る『伴華楼(ばんがろう)』。

少しだけ揚輝荘のおさらいです。
1)聴松閣は修復によって壁の色が白っぽい色からベンガラ壁と呼ばれる赤い壁に
  塗り替えられましたが、これは修復の際、上の壁をはつったら、下から褪色
  しているものの、赤い色をした壁が出てきたため、オリジナルであっただろう
  というベンガラ色に変更されました。

2)揚輝荘の名前の由来は、陶淵明の漢詩の一部から取ったと言われています。
  「春水満四澤、夏雲多奇峰、秋月揚明輝、冬嶺秀孤松」


今また小説を再読しながら、自分の中では未だ解決していない事件の鍵を
確認したくてウズウズ。

読んでから行くか、行ってから読むか。
皆さまも名探偵への仲間入り、いかがですか。

2013.08.30[金] 揚輝荘と不等辺三角形(3)

揚輝荘

聴松閣の1階から地下へ降りていくと、最初に目に付く地下トンネル。
戦時中は防空壕の役目を果たし、多くの人の命を救ったとも言われています。
ここから先は立入禁止。聴松閣のある南園と伴華楼のある北園を結ぶ通路
だと思うのですが、階段を下りることは許されず。残念無念。


揚輝荘

視線を移すと長年「ある」という話だけで見ることが許されなかった、アジア
からの留学生が描いた壁画が一面に広がります。
少し傷みがあるみたいだけど、これもいずれ修復するのかな。


揚輝荘

ライトでさえも芸術的。



揚輝荘

その奧には旧舞踏場と言われるホール。
小さな半円状の舞台と舞台用の照明もあります。
当時の緞帳はビロード式のインド模様だったそうですが、さすがに傷んでしまって
いるため、当時の白黒写真を元に研究者とメーカーとの協力で現在のような緞帳と
なったそうです。



揚輝荘

ヒマラヤのエッチングガラスが填め込まれた壁面。
インドを旅行した時の思い出の風景だとか。
ライトの映り込みがなければ、きれいなエッチングガラスをご覧頂けるのですが…。



揚輝荘

再び1階に戻り、これは昭和14年頃の揚輝荘のジオラマ。
近くてジオラマを見ていたオールドボーイが、はしゃいだ声で奥様と思われる
女性に説明をしていました。
「ここ、ここ。ここら辺で子どもの頃、よく遊んだんだよ。懐かしいなぁ。」

思わず心の中で
「オジサマ『こっそり忍び込んで』という修飾語が抜けています」と。(笑)
近所のオジサマに「子どもの頃によく揚輝荘に忍び込んで遊んだんだよ。そこを
次郎左衛門さんに見つかって怒られたもんだ」という話を聞いたことがあるのです。
だから「あらま、ここにも昔のワルガキが…」と。(笑)

揚輝荘はオールドボーイたちにとって、特別な場所だったのかもしれません。

2013.08.27[火] 揚輝荘と不等辺三角形(2)

揚輝荘

まずは昭和14年頃の揚輝荘の見取り図を。
現在はマンションなどが建てられている場所にはテニスコートなどがあった
ようです。道路の様子も今とは少し異なって見えます。
1万坪あったということですが、坪100万円として…、ああ、こんな下品な
ことを考えてはいけない…。(A^_^;


揚輝荘

そして現在の揚輝荘。
お店からどれくらい近いのかが解るよう、マークを入れてみました。(笑)
東西の並びには4軒の建物があります。(お店は揚輝荘側から3軒目)
季節の良い頃の揚輝荘は、お散歩コースにピッタリ。
お店から揚輝荘や日泰寺へは徒歩で2分くらいですが、どちらもそこから先に
時間がかかる。(笑)


今回、聴松閣を見学した際に初めて知ったことが一つ。
伊藤家は松坂屋(いとう呉服店)の創業者として名古屋では良く知られて
いますが、1881年(明治14年)に名古屋で最初の私立銀行、伊藤銀行を
設立されていたのでした。
「伊藤銀行?」と思ったのですが、これが以前は名古屋で最も勢力を持って
いた都市銀行「東海銀行(現三菱東京UFJ銀行)」の前身だったのです。

思わず「ギョギョ!」今年なら「じぇじぇじぇ!」とでも言いましょうか。
名古屋人の「世帯に1つくらいは必ず」と言っていいほど、家族の誰かが
東海銀行の口座を持っていたというくらいの銀行です。


と前置きはこれくらいにして。


揚輝荘

聴松閣を入ってすぐに旧食堂。これからは喫茶室として使用するみたい。


揚輝荘

暖炉には古い瓦が埋め込んであったり。しかもこれらの瓦の出所って…。


揚輝荘

いとうの文字。この建物の中には階段や手すりなど至るところに「名栗」と
呼ばれる美しい表面のはつりが施してあります。
現在は美しい「名栗」のできる職人さんが減りつつあるとか。


揚輝荘

1階は他に旧居間や旧サンルームがあります。



揚輝荘

2階には応接室や寝室、書斎などがあったようですが、現在は全て
展示室になっています。

1階、2階と見たら、次はお楽しみの地下へ。


To be continued...

2013.08.24[土] 揚輝荘と不等辺三角形(1)

少し前、ご当地本として私の周りで少々話題になった(世間では爆発的に
話題だったけど)『色彩を持たない多崎つくると、彼の巡礼の年 村上春樹著』

私はハルキストではないので、彼の作品は数える程しか読んでいないけど
名古屋が舞台になっていると聞き、とりあえずこれは読んでおくべきかな、
ということで夏になる少し前に読みました。

確かに名古屋が舞台ではあるけど、名古屋じゃなくても良かったんじゃ…。
東京の大学へ行くか地元の大学に行くかという選択肢を作るには、地理的に
名古屋がベストなのかなぁ…という印象でした。名古屋が舞台と言われて
物語を読んでも、その中に名古屋の絵が浮かんでこない。(笑)

実はその少し前、やはり地元の『揚輝荘』がモデルになっている小説があると
教えて頂いていた『不等辺三角形 内田康夫著』を読んでいたのでした。
物語の中の揚輝荘は「陽奇荘」と文字が変わっていたものの、住所などは
実にそのままの町名があちらこちらで使われていて、リアリティ満載。
フィクションとは言いながら、かなり楽しめました。


聴松閣01

揚輝荘は、北園と南園とに別れていますが、長らく改修工事中だった南園の
『聴松閣』がいよいよ月末から一般公開されることになり、皆さまより一足お先に
顔パスで(冗談です)見学に行ってきました。

上の写真は2010年11月24日、改修中の聴松閣。
この頃はコンデジしか持っていなかったので画像がちょっと粗めです。
当時は工事中のため建物の中には入れず、外観だけの見学。
案内して下さった方が「河村市長が予算を削るから予算が足りなくなって
工事が途中でストップしちゃった。市長なんかキライ。」
と言っていたのが懐かしいです。(笑)
名古屋市はお金がないんだから、困っている市民の福祉が優先だし、仕方が
ないでしょ、とゆるく内心思ったものの、人生の大先輩にそんな事を言える
わけもなく、フフッと愛想笑い。
ボランティアの皆さん、本当に揚輝荘が大好きなんです。
言っているご本人たちも税金の使い方は十分理解していると思うのですが
やはり予算が削られるとなると、ガッカリだったみたい。


揚輝荘02

そして、3年以上の月日をかけてようやく新しくなった聴松閣。
うわ~。壁の色が!
まるで違う様相になっていました。

To be continued...
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ロ・ヴー

Author:ロ・ヴー
<ロ・ヴーの風景>
中国茶や日々の出来事、旅の思い出などを綴っています

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