SCENERY

その壁がなくなれば、世界がもっと広がります 

2016.03.20[日] 天目茶碗

静嘉堂文庫美術館


-曜変天目は、黒釉茶碗(広義の「天目」)の内面に現れた大小の
斑文の周囲に、瑠璃色の光彩が現れているものをいう-
            (静嘉堂茶道具 鑑賞の手引きより)


駆け足ではありますが、念願叶って『静嘉堂文庫美術館』所有の
国宝『稲葉天目』を見てきました。

もともとこの茶碗は、三代将軍徳川家光が、乳母の春日局に下賜
したものとしても知られており、春日の局から稲葉家、そして
縁あって岩崎家へと伝わりました。

もともと「天目」とは中国福建省建甌市で作られた建盞と呼ばれる
焼き物を指していましたが、現在では天目釉と呼ばれる鉄釉を
かけて焼き上げた黒い焼き物のことを総称して「天目」と言います。

現存する曜変(耀変)天目は世界中で三碗のみ。
(他の二碗は、藤田美術館、大徳寺龍光院、所蔵)

その星のような紋様・美しさから「星の瞬き」「輝き」を意味する
「曜(耀)」の字が当てられるようになったと言われています。
曜変作成の技術は既に失われ、多くの陶芸家が挑戦しているものの
今なおその姿の再現は、果たせぬ夢となっています。

宋の時代、お茶は、現在の抹茶のように茶筅でかき混ぜ、泡立てる
ようにして飲まれていました。
茶の表面の白さが引き立つよう、黒い色の天目茶碗が好まれたと
いうのはごく自然な流れだったのでしょう。

瑠璃色の光彩は、まさに茶碗の中の宇宙と呼ぶに相応しいような
気がします。

今回の展示は『静嘉堂文庫美術館』のリニューアルオープン展で、
期間は3月21日まで。

稲葉天目の他にも重要文化財に指定されている油滴天目、
千利休の茶杓、樂家初代、長治郎の黒樂茶碗『紙屋黒』、
三代目道入の赤樂茶碗『ソノハラ』、古田織部の花入れなど
姿の美しい茶道具の数々が堪能できます。

By サ

2014.10.27[月] 南部鉄器のティーポット

南部鉄器


南部鉄器は、約400年の歴史を誇る「盛岡」の伝統工芸品です。


近年は、中国の方が日本へ旅行に来た際、南部鉄器の急須を
大量に買っていく。と、話題になっていますね。


南部鉄器で沸かしたお湯で沸かしたお湯でお茶を淹れると、
とても美味しく入ると聞き、私もずっと気になっていました。


そんな時、写真の愛らしい南部鉄器の急須を頂き、我が家へ
やってきてくれました。


手にとってみると鋳肌の独特の重み、質感、温かみのある美しさに、
いつまでも触っていたくなるような幸せな気分に。


早速、このティーポットでお茶を淹れて味わってみましたが、
お茶の味が美味しくなったかは、正直なところ、いまいち分かりません。。。


でも、こんなに愛らしいティーポットでお茶を淹れて、楽しむと、
いつものティータイムが何だか特別に感じます。


鉄器でお湯を沸かすと鉄分の多いお湯ができたり、冷めにくかったり、
温度のむらができにくかったりと、良い点がたくさんあります。


でも、やっぱりどんな茶器もそうですが、どれだけその茶器を愛でているかが、
一番、お茶の味を左右するように思います。


茶器は使い込むほどに、愛着が湧き、味わいを増していきます。


素敵なご縁で我が家にやってきてくれたこの南部鉄器のティーポット、
どんな味わい深い愛らしいティーポットになってくれるか、今からとても楽しみです。



By.N
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2013.12.16[月] 常滑焼きの急須

常滑・山田常山

中国茶を淹れる器の代表格としてよく登場するのが宜興の紫砂茶壺。
茶壺は「チャツボ」と読まずに「チャフー」と言うのが一般的。「チャコ」でも
OKなんだけど、「急須」とは言わず、中国語読みの「チャフー」なんです。

宜興というのは江蘇省にある都市の名前。そこで採れる「紫砂」と呼ばれる
土で作った素焼きの茶壺(急須)でお茶を淹れると美味しくなる、と言われる
ことから、土の茶壺だったら「宜興産」が一種のブランドのようになっています。


写真の急須は宜興のものではなく、常滑の朱泥の後手。
初代の山田常山作とのこと。
(実は初代なのか二代目なのか最近少し不安に思うことができてしまいました)

表面がザラザラとしたマットな質感のある梨皮と呼ばれる作りです。
梨の皮のように見えますか?

常滑・山田常山



常滑はその昔、宜興から技師を招いて技術を学んだそうで、確かに宜興の土も
常滑の土も同じ「炻器」に分類されるようです。
常山だけでなく日本人の作陶家による作品は、細かなところまで心配りがされて
いるので、私は常滑の急須は中国茶を淹れるのにもおすすめしたい焼き物。


例えば、フタの足の部分。

常滑・山田常山

心持ち長く作ってあるので、うっかりフタが急須から落ちる心配がありません。
この足を本体に合わせてキッチリと作るのが難しいとお聞きしたことがあるの
ですが、とても綺麗です。

水切れの良さも気持ちがいいくらい。
使っていても気持ちがよくて、思わず「さすが」と声に出てしまいます。

宜興の焼き物でお茶が美味しくなるなら、常滑でも美味しいはずと、今回の
秋茶会のために、デビューさせてみました。

だけど
古い急須だったせいか、土の匂いがなかなか取れなくて、お茶本来の
味わいになるまで、結構苦労しました。
当日まで毎日のようにお茶を淹れ続けて、3週間くらいかかったかなぁ。

香りの高い中国茶でも苦労したので、日本茶を淹れた場合、本当に美味しく入る
のだろうかと、素朴な疑問を持ってしまいました。

個人的には、陶器の茶壺(急須)ではなく、磁器の蓋碗でお茶を淹れることが
多いのですが、淹れる道具(急須)によってお茶の味がどれくらい変わるのか、
試してみるのも楽しいかな?とちょっとだけ思ってしまいました。

大抵は思うだけで終わってしまうことの方が多いんですけどね。(笑)

2013.07.06[土] 幸兵衛窯

幸兵衛窯01


いつものことではありますが「今日しかないっ!」と言うことで岐阜県の
『幸兵衛窯』を訪問してきました。
もともと午前中は仕事だったので、お昼過ぎに講座が終わったあと、大急ぎで
片付けてダッシュでひとっ走り。

人間国宝だった故加藤卓男さんのラスター彩やペルシア色絵などの作品が
見てみたいというのと、もう一つ別件があったのですが、こちらは時間切れ。(笑)

名古屋の周りには、愛知県の瀬戸や常滑、三重県には萬古(土地の名前では
ありませんが)に伊賀、岐阜県にも美濃焼などたくさんの焼き物の産地がある
にも関わらず、日常の雑務に追われなかなか足を伸ばす機会がありません。

焼き物の歴史背景や土、焼成温度の違いなどには詳しくないけれど、楽しみながら
何か自分の中に引き出しが一つ増やせればいいな、と。




幸兵衛窯05

幸兵衛窯の敷地内には、本館に卓男さんの作品のギャラリーがあり、工芸館の方
には五代、七代、加藤幸兵衛と次代の亮太郎さんの作品が展示されていました。

また、古陶磁資料館は、卓男さんが長年研究をされていた、ペルシア、日本、中国、
朝鮮の焼き物なども展示されています。



幸兵衛窯02

階段も自由に上れますが、手すりはないし、幅も狭いので、大柄な方は細心の
注意を払っていただく必要があるかも…。


幸兵衛窯04



幸兵衛窯03

建物自体もとても雰囲気があり、建築に興味のある方は、建物を見るだけでも楽しめる
かもしれません。

それぞれの土地で発展していった焼き物にも、実はいろいろな歴史背景があるのだと
少しだけ学習しました。

「何故ここにこの焼き物があるのか?」
こんな素朴な疑問の答えを見つけるには、もっと日本の歴史を知らなければ
いけません。

こんなことなら若い頃、もっと真面目に勉強しておけばよかった~。(笑)

2013.01.09[水] ラスター彩

ラスター彩02

焼き物について、特に詳しい知識を持っていると言うわけでもなく、また
贔屓にしている窯元や作家の工房を訪ねて歩くなどということもないのだけど
それでも時々、縁があって美しい器が私の手元にやってくることがある。


Wiki先生によると、ラスター彩とは

 「ラスター彩(ラスターさい、Lusterware)とは、焼成した白い錫の鉛釉の上に
 銅や銀などの酸化物で文様を描いて、低火度還元焔焼成で、金彩に似た輝きを
 もつ、9世紀-14世紀のイスラム陶器の一種。ラスター(luster)とは、落ち
 着いた輝きという意味。

 中国建窯の、曜変・油滴・禾目などの天目茶碗は、この影響を受けて作られ、
 ラスター現象が見られる。 <ここまで引用> 」

とある。

愛知県は常滑や瀬戸など有名な焼き物の産地があるけど、お隣の県、岐阜にも
多治見や土岐など有名な焼き物の産地がある。

ラスター彩と言えば、多治見で最も古い窯元の一つ、幸兵衛窯の故加藤卓男さん。
卓男さんは『忙しすぎて』(らしい)「6代目加藤幸兵衛」を継ぐことなくお亡くなり
になっている。正倉院三彩の復元にも携わっており、その業績によって人間国宝の
認定も受けている人だ。

現在は、父、卓男さんが世界で初めて復元させたというラスター彩の技を、7代目
加藤幸兵衛が今に引き継いでいる。(6代目は欠番です)
このラスター彩の高杯は7代目加藤幸兵衛(裕英)さんのもの。


ラスター彩01


手のひらに乗るくらいのサイズの高杯で、華やぐような花と蜂の少し濃い金彩に似た
ガラス質の文様が、中国茶を飲むのにちょうどいい。

使ってこそ器の命、と聞いたことがあるけれど、古の彼方、ペルシャから中国に
伝わったラスター彩。そして奈良正倉院の三彩。
ペルシャ、中国、日本の歴史を語る器に相応しいお茶が見つかるまで、もう暫く
こうして眺めるだけにしておこう。

2012.08.08[水] 壺中天

お茶の世界に『壺中の天』という言葉がある。

壺中の天


中国の故事(後漢書に由来するらしい)によると「市中で薬を売る老翁が
夜になると店先の壺の中に入って寝るのをみて、漢の国の人が頼み込んで
一緒に壺の中に入れて貰った。すると中は広く宮殿楼閣をなし、酒や肴が
満ちていた」ことから、俗世間とはかけ離れた別世界・別天地のことを
表すという。


利休以来、茶室は宇宙、壺中の別天地のようなものだとされている。
小さな躙り口をくぐった時に頭の中が一瞬空白になり、その後は小さな
空間であるはずの茶室が、まるで宇宙のように大きく広がって見えると
いうものだ。

昨日撮していた東方美人の茶杯の中に、逆さまに映る景徳鎮の杯があった。
(写真をクリックして頂くと大きなサイズでご覧いただけます)
中国茶のことをご存じの方はイメージが湧くかもしれないけど、中国茶の
茶杯はお酒のぐい呑みサイズ。
その小さな杯の中に子ども用茶碗くらいのサイズの景徳鎮の杯がある。

茶杯の中の茶杯。

小さな宇宙の中に映るのは、それよりも少し大きな世界。
こんなささやかな器の中にも別天地が見える。

お茶を飲むとき目指したいのは、壺中天という宇宙。

2012.04.28[土] Occupied Japan (占領下の…)

白洲次郎のことを書いた本は何冊か読んでいたのものの、白洲次郎が
書いた本というのをそう言えば読んでいなかったなとふと思い立ち、夜中に
ポチしたのは1ヶ月以上も前の話。

読み出したものの、次郎さん、文章の中でいつも政治や経済(界)に対して
怒っているんですね、これが。
だからと言うわけではないのだけど、ちっとも読み進まない。
やはり文章を書くのは正子さんに任せておいて正解かも。(笑)

そんな私の心中を他の誰が知っているわけもないのだけど、偶然にも
面白い物を頂きました。


MADE IN OCCUPIED JAPAN01


見た目は普通のティーカップ。
「サンタさん、中国茶だけじゃなくて紅茶も飲むでしょ。面白い物見つけたから」
と下さったもの。



MADE IN OCCUPIED JAPAN02


カップの裏側には『MADE IN OCCUPIED JAPAN』と書かれています。
『MADE IN JAPAN』ではなく『OCCUPIED JAPAN』。
つまり『占領下の日本』という意味になります。

この『MADE IN OCCUPIED JAPAN』は、日本が第二次世界大戦の敗戦後、
GHQの統治下にあった時代、日本の輸出品に刻印することが義務付けられて
いたそうです。
陶器だけではなく、Nikonのカメラやレンズなどにもそういうものがある事を
知りました。
http://www.nikon-image.com/enjoy/interview/historynikkor/2010/0621/

これらの製品は、海外への輸出貿易が再開された1947年から1952年、
日本が主権を回復できるまでのわずか5年間の間に製造された物のようです。
私たちは玉音放送のあった8月15日を「終戦の日」としていますが、1952年
4月28日にサンフランシスコ平和条約が発効され、日本が主権を回復しGHQの
進駐が終わったこの日を本当の意味での終戦とする考えもあるようです。

これらの製品は、日本が、日本であって日本ではなかった悲しい過去を
辛くても日本再生のための強さを蓄えた時代を、現在に伝える物たちです。
次郎さんも頑張りました…。(しみじみ) ←これはあくまでも個人的感情。

このカップで最初に何を飲もうか少し悩みましたが、東日本大震災の時、
いち早く何か力になれることはないかと心配して連絡をくれた、ネパールの
友人の茶園の紅茶を飲むことに。

ネパールは、2008年5月28日に240年間続いた王制にピリオドを打ちました。
4月28日のちょうど1ヶ月先のことです。
歴史に一つの区切りをつけるというのが良いことなのか、そうでないのかは
そこに住む人達にしか、本当のことは解らないと思います。
それでも、ネパールの人たちは、新しいネパールの再生のために苦しみながらも
未来への希望の道を歩んでいくことでしょう。

新しい日本とやがて来る新しいネパールの誕生日のために。
そして今ある自由と平和を祝して、乾杯。

2012.04.25[水] 天目の酒杯

ちょっとした偶然から、手元にやって来た故加藤孝俊さん(1917-1999)作の
天目の酒杯。

加藤孝俊さんの天目


もともと中国茶の茶杯は、文人たちの酒杯から来たという話もあるくらいなので、
日本酒のお猪口やぐい呑みなどという器は、中国茶を飲むための茶杯としても
ぴったり馴染む、ほどよい大きさ。

「中国茶の器だけに拘らず、いろいろな器やスタイルで美味しくお茶を楽しめると
いいよね」という話の中で、こんなのもありかなということで。


この杯には『油滴銀星斑』という美しい銘がついています。
黒の地に、散りばめた螺鈿のように銀に輝く斑模様は、まさに銀色に煌めく
夜空に輝く星のようにも見えます。


加藤孝俊さんの天目

高台の部分は一切のゆるみがなく、気持ちが良いくらいすっきりとシャープ。
杯の下10ミリくらいから高台にかけては素焼きになっています。


瀬戸の染付窯元「真玉園」に生まれながらも「少年時代に大徳寺龍光院の
曜変天目の神秘的な釉色の美に出会った経験から、後に釉薬の研究に
打ち込むようになります。そして長年学んだ窯業化学を基盤に、中国宋時代の
陶磁を再現するという夢のため研究に取り組み…。<瀬戸市文化振興財団>
ということです。

氏の息子であり、また陶芸家でもある加藤孝爾氏の言葉を借りるならば
「崇高で気品に満ちた中国宋時代の陶瓷に魅せられ、その再現に生涯をかけ
作陶をしてきた」 孤高の陶芸家だったようです。

ただひたすらに心の中に描く理想を求めて作られた杯は、使う人の心までも
真摯に、そして真っ直ぐに正してくれるような気がします。

自分の地元にこういう素晴らしい陶芸家がいたことが、少し誇らしくもあり。

プロフィール

ロ・ヴー

Author:ロ・ヴー
<ロ・ヴーの風景>
中国茶や日々の出来事、旅の思い出などを綴っています

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